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石巻市立荻浜小学校卒業式

3/21、石巻市立荻浜小学校の卒業式に出席した。卒業生2人、在校生7人の小さな卒業式。※なんの話?という人は過去参照!→その1、その2去年の大震災をきっかけに、いろんな縁あって交流させてもらうようになり、子どもたちに演奏を聴いてもらい、そして卒業式で唄いたいとの話をもらって以来、ずっとこの日を待っていた。自分がかいた曲が合唱曲になることは(結果的には斉唱だったけど)自分の夢のひとつでもあった。自分がかいた曲がいろんな人たちに一斉に唄われたら、どんなに楽しいだろう、嬉しいだろうと、ほんとに単純な考えだ。それで誰かを楽しませたり、喜ばせたりできるのなら、これほど幸せなことはないだろうと。音楽や芸術ごとは、自己満足だと言う人もいれば大衆への奉仕だと言う人もいる。お金が絡めばもっといろんな言われ方がでてくる。しかし自分にとっては、その言葉全てが、どれも一理あると思いつつも何かしっくりこない。売れればそれでよし。…結局はビジネスだ。自分以外の人間へ媚を売っている。そうだろうか?(ちなみにビジネスという単語を悪いモノの例えのように使ってしまっているが本来ビジネスというのは立派な経済活動なので別に悪いことではない。そういうふうに言葉を使う人がいる、という話。)売れなくても自分や自分の身近な人が楽しければよし。…結局は自己満足だ。そうだろうか?「音楽っぽいモノ」に、それらの言葉が当てはまることはあるけど、音楽はどんな言葉ともイコールでは結べないもののように思う。音楽は音楽だと。自分が学生だった頃、美術の教育実習で中学校に行き、そこで知り合った生徒たちの合唱コンクールを聴きにいったことがある。以前、クリスチャンの集まる教会でゴスペルを唄う人たちのバックでドラムを叩いていたことがある。他にも、「すげぇ」って思う唄や演奏、曲を聴いた時。こんな時、「あぁ音楽だな」と思う。というか、どういう言葉(文章)にもしようがない。話が飛躍しすぎた。でも、子どもたちと一緒に新潟で唄った時、先生方や親御さんたちから「子どもたち唄ってるよ」と知らせをもらった時、そして卒業式で彼らの唄を聴いた時、過去自分が体験した「すげぇ」音楽、場面、空間に、ほんの少しだけ、自分のやってきたことが近づけたような気がして、ある意味「答え」をみつけたような感じがしている。言い方は難しいけど、「あぁこういうものが欲しくて自分は音楽をやってきたのかもしれない」と。売れなくてもいいという台詞はプロフェッショナルからの逃げのような気がして使いたくないけど、やはり売ることが目的なのかと言われると違和感がある。言葉で言うのは簡単だけど、「目的」は見失ってはいけない。最初は「国を良くするんだ」と意気込んで政治家になったつもりがいつの間にか自分の財産や地位を守ることが目的になってしまっている、というような悪例はよく言われる話。一般的な仕事や生活の中にも、誰にだって、そういうことはたくさんある。いろんな夢や目的が、日々の忙しさや苦しさでどんどんすり替わっていって「なんのためにやっているんだろう?」って、誰にでもある経験だと思う。今回の経験で、これとほとんど逆の現象が自分に起こった。荻浜の子どもたちの前で唄って以来、どんどんどんどん霧が晴れていくような、「あぁこれだ、これだったんだなぁ」と思える瞬間がたくさんあって、自分がやってきたことは無駄じゃなかったと言ってもらえたような気がして、なんとも言えない気持ちになった。そして、これからさらに自分が何かを表現するにあたって、この感覚は一つの軸になっていくと思う。なんのためにやっているのか?誰のためにやっているのか?それらを言葉にしようと努力することはとても重要だというのが自分の考えだけど、やはり最後に残る「どうしても言葉にできないところ」それこそが一番大切。その一番大切なことを、荻浜小学校の子どもたちや親御さんや地域の人たち、先生方が、自分に示してくれたような気がしている。実はこれから先も既にいろいろと話があって、まだ終わらないということが本当に、とても嬉しい。

越後妻有2011夏

8/19から8/21、新潟県は越後妻有へ。越後妻有の林間学校という、8月の週末を中心に様々な分野の専門家たちがワークショップや公演を開催し、夏休みを親子連れ(大人だけでも可だけど)で楽しもう!というイベントで、この週は、先日訪問させていただいた石巻市立荻浜小学校の生徒たちも参加するということで、しのくにもその時のお手伝い仲間たちとボランティアとして一緒に同行させてもらった。我々にとっては荻浜小の子たちと一ヶ月ぶりに再会できるというなんとも楽しみな日。被災地の方は大人子ども問わず無料で参加できるイベントで、仙台市や福島県などから参加した親子も。参加した人たち全員が楽しめるようお手伝いするのが我々の役目だ。そうは言いながらも再会する子たちがどんな反応するか、もしかして忘れられてたりして…とかいろいろ考えてしまってたのは正直なところ。実際にはみんなちゃんと覚えててくれてホッと一安心…。越後妻有アートトリエンナーレは、これまでも音楽イベントに出演したりしていて何度が来たことがあって、来るたびになんだか自分の故郷に帰って来たような感覚になる。地元の方々や長く関わっているボランティアやスタッフの方々には仲良くさせてもらってる人たちもたくさんいて、今回この地域に来たのは約2年ぶりなんだけど、あんまり久しぶりな感じがしないのは不思議。この週の林間学校は19日の午後からスタート。我々は一歩遅れて19日の深夜に現地到着、その日は空家の宿泊施設で就寝。翌日早朝から、参加者の子どもたちや親御さんや荻浜小の先生方が宿泊している三省ハウスへ。朝食やスタッフの人たちとの打ち合わせや再会組との挨拶そこそこに、午前のワークショップへ向け今度は農舞台へ。農舞台は、以前に演奏したりいろいろお手伝いで活動したりと、何かと思い入れ深い場所。今回は今まで来た時とは少し意味合いが違うけど、それもまた感慨深い。この日の最初は衣服造形家 眞田岳彦さんによるワークショップ。手袋型のパペットに草花で装飾したり、防水加工の布を使っていろいろな遊びをしたり。子どもたち最初は悪戦苦闘気味だったけど、布をつかって水を運ぶレースや、一枚一枚の布をつなげて大きなトンネルつくったりではおおはしゃぎだった。お昼は地元のお母さま方がにぎってくれたおにぎりやお漬物。これがまたたまらなくうまい。(宿泊施設での朝食も地元の新鮮な素材満載でこれもまたもちろんうまい。)開放的な自然の中だとなおさら、とは言うけど、こればっかりは間違いなくどこで食べてもうまい。午後は創作和太鼓集団 鬼太鼓座のワークショップ、地元十日町市の子どもたちによる水沢石場かち、我らが(?)荻浜小の子どもたちによる南中ソーランの発表会。鬼太鼓座の楽器ワークショップ後には全体のコラボレーション合奏もあったりして、こちらは素直に観客として楽しんでしまった。荻浜小の南中ソーランは先日の石巻訪問でも見させてもらったので今回で2回目だったけど、子どもたちのお父さん方曰く「あれは大人でもキツイ」というほどの激しさ。小さな小学校で人数は少なくても、全校生徒(今回は10人!!)で踊るよさこいはそれはもう感動的。それがここ農舞台で見られるなんて…と、我々にとっては感慨もひとしお。その後は参加者の皆様は温泉雲海へ、我々も会場片付け後同じ温泉へ。当然のごとくサウナ後の水風呂でプール状態ではしゃぐ男子…。こればっかりはおさえきれないんだなぁ。俺も小学生だったら絶対やってたもんなぁ。注意しつつも、「後で絶対怒られるわ…」とはスタッフのHさん。「まぁ…しょうがないっすね…」とわたくし。さて温泉後は再び三省ハウスへ戻って夕食。しかしちょっとでも空き時間があれば遊び回るのが子どもたち。三省ハウスは廃校になった小学校を宿泊施設として再利用していて、体育館もそのまま残っている。ボールや卓球台やバトミントンラケットがあって遊び放題。子どもたちの底なしのエネルギーにはほんと驚かされる。夕食後はこの日最後のワークショップ。アーティスト高橋匡太さんが屋外にLEDライトを地面に埋めたスペースをつくっていて、小雨が降ってちょっと天気はイマイチだったけど、幻想的な空間になっていた。その後もまだ遊び足りないのか子どもたちと体育館でバトミントンや卓球を。しかしみんなうまい。サーブで回転かけてくる女の子にはまいった。笑しばらく遊んでから部屋に戻ると、一杯始めてるお父さんたち。親子そろって元気だなぁ。一緒に混ぜてもらっていろいろ話しつつ呑んでると志野からケイタイに電話が。体育館でリクエストもらって今からライブをやることになったとのこと。??状態だったけど話を聞いていると、荻浜小の子が、石巻に行った時にやった「今君に」を覚えてくれていて、唄ってくれと言われた、と。子どもたちの前で演奏したのは一回だけだったので、曲を覚えてもらってるということにまず驚いたし、リクエストをもらえるとはなかなかこれ以上の嬉しさはない。すでに呑んでしまっているものの、お父さん方に状況を説明し、体育館へ。お父さん方は先日の石巻訪問の際の我々の演奏は聴いていないので、興味を持ってくれて一緒に移動。今回もちゃっかりギターは用意していて、林間学校の最終日に演奏させてもらう予定はあったんだけど、これは全く予想外の展開。校長先生は我々のCDを「車の中でよく聴いてますよ」と言ってくれていたので、あとから「校長先生が学校でCDかけたりして仕込んでくれたんですか?」って聞いたんだけど、そうではないらしく。これもあとで志野から聞いたけど、唄う前に「今君に」を口ずさんでる子もいたそうで、これまたすごい…。曲をかいた人間としては、もう嬉しいとしか言いようがない。石巻で演奏した時の日記に、こちらが感動してしまうくらいみんなすごく真剣に聴いてくれた、と書いたけど、それにこんな続きがあるなんて予想してなかった…。そんなこんなで体育館でゲリラライブ。荻浜小の子たちや親御さんだけでなく、他の参加者の親子や三省ハウスのスタッフの方も集まってくれた。「今君に」の他にも我々のオリジナル曲や、以前にもやったカントリーロードなんかをやった。そして途中からは前回もご一緒したO先生のギターに加え、さらに今回は鬼太鼓座のお一人がジャンベで参加(!!)。同じ宿舎に泊まっていたので、音を聴きつけて来てくれて、一緒にやってもいいですかと言ってくれた。この施設は23:00が消灯なんだけど、なんだかんだでギリギリまで演奏させてもらった。子どもから自分の曲をあれこれ名指しでリクエストされるなんて初めての経験だったけど、これは一生残る思い出になるだろう。この日の夜は全然寝付けなくて、寝床で新しく曲をかいた。これをまたいつか、今夜聴いてくれた子どもたちの前で演奏したい。さて最終日。朝食後は子どもたちより一足先に、まつだい郷土資料館へ。宇宙物理学者 池内了さんの講演のための会場準備。まつだい郷土資料館は、明治初期の民家を梁や柱などほぼそのまま再利用して移築したそうで、とても静かで穏やかな空間。昨日のお昼はここで食べさせてもらったんだけど、そのまま大の字で昼寝したくなるくらい素敵な建物。しかししばらくして子どもたちが来ると、急に活気のあるにぎやかな場所に。講演は子どもたちにはちょっと難しいかなとも思ったけど、スクリーンに銀河やいろんな星の写真が映し出されると大人も子どももぐぐっと惹きつけられてた。わたくしは講演中は記録撮影係をやったんだけど、写真を撮っていると子どもたちの心境の変化がより具体的に感じられるような気がして、撮ってて楽しかった。徐々に近づくお別れの時間。講演後は再び農舞台へ移動し、机や椅子を並べてみんなで昼食のカレー。食後休憩のあと演奏させてもらえることになってたので、満腹にはできなかったけど(満腹になってしまうと唄いにくい!)、これまたうまかったなぁ。農舞台のスタッフの方々が機材を用意してくれ、食後休憩中にボランティアのみんなが椅子を並べてくれ、農舞台は即席のミニコンサート会場に。我々のオリジナル曲を4曲やった。前日の演奏でも聴いてくれてた福島から来ていた小学生の女の子が「今君に」を一緒に口ずさんでくれていて、志野は何度も目が合ったそうだ。子どもたちはもちろん、お父さんお母さんや先生方も真剣に聴いてくれたのがほんとに嬉しかった。「旅人へ」という曲をやる時に、ちょっと話をした。旅人には帰る場所があって、待ってくれている人がいるということ、それはとても幸せなことだと思うという内容。今回の震災で、家がなくなってしまった人たち、大切な人を失ってしまった人たちがたくさんいて、その人たちの気持ちを簡単に知った気になるのはとてもできることではない。原発の影響で、家はあるのに帰れない人たちもいる。その人たちにかけられる言葉は、今でも見つけられない。でも石巻に行って、小学校のすぐ近くを流れるとんでもなくきれいな沢を見て、あれだけつらい体験をした後なのに海で遊んではしゃぐ子どもたちを見て、ここの子どもたちには帰れる場所があるんだなと思った。夏休みが終われば、学校には子どもたちをむかえてくれる先生方がいる。たとえ血がつながっていなくても、そばにいてくれる人がいる。いろんなところに、懐かしく思えたり、安心できたりする場所がある。それは、これからもっと増やすことだってできる。その幸せを、子どもたちには全力で感じてもらいたいと思う。演奏のあと、林間学校参加者のみんなはバスへ乗り込み、荻浜小のみんなともお別れ。バスが見えなくなるまで手を振った。きっとまた会えるから、悲しむ必要はないだろう。みんな、楽しんでくれたと思う。お互いに、ありがとうございましたと言った。我々はもう一仕事。儀明という地域で開催されるカラオケ大会に参加。ここでもしのくには特別ゲスト(?)枠で、一曲演奏させてもらった。それにしても我々なんぞが特別ゲストでいいんでしょうかというくらいの呑めや唄えやの大盛り上がり。何十年も聴き込んだ曲を、人生の大先輩方が熱唱していて、なんだか「唄とは何か」を教えてもらったような感じ。はっきり言って、心に沁みた。ところでここでもしのくにを知ってる、というツワモノが…。我々がゲスト参加させていただくことをご存知だった方が、YouTubeで事前にライブ映像をチェックしていたとのこと(!!)。これにはほんとに身の引き締まる思いだった…笑。と、これで我々の新潟ツアーは終了。毎度のことながら、後ろ髪ひかれる思い。しかし今までは、演奏することやアートトリエンナーレを見物することが主で、どちらかと言えばお客感覚が強かったけど(自分が演奏するんだからそれではいけないんだが)、今回は被災地の方々を招待する、という側にまわったこともあって、また違った角度でこの場所を見られた気がする。震災もさることながら、このあたりはつい最近の豪雨の影響もあって、土砂くずれが起きているところや、被害を受けた家屋や、修復が必要な芸術祭の作品など、多くの傷跡がある。我々が宿泊させていただいた三省ハウスも大きな被害を受けたそうだ。(と、聞かなければわからないくらい、地元の方々、スタッフの方々の力により見事にきれいになっていた。)ほんとだったら簡単に旅行者を迎え入れられるような状態ではないんだと思う。それでも、と、懸命に取り組んでる人たちがいるから、楽しめる人たちがいる。ほとんどの場合、そういう人たちは表に出てくることはない。でも表に出てくることが全てではない。当たり前だけど。真摯であること、責任を背負って、でも時には息抜きして、でも時に誰かのために大真面目になってしまうこと。それが正しいとか間違っているとかではなくて、あるいは何でもいいやでもなくて。単純な答えでない大切な何かを、教えてもらった気がする。そういうことを伝えられる曲をかけたらいいと思う。道のりはまだまだ長い。

石巻市立荻浜小学校へ

7/20の夜東京出発、明けて21日早朝石巻着、22日深夜帰京。一泊三日の旅。アートフロントギャラリースタッフやボランティアの方々と共に、石巻の荻浜小学校のサマーキャンプお手伝いに行ってきた。我々しのくには一応現地で演奏もできるように準備を、とのお話をいただいていたのでギター持参。ただ近づいていた台風の影響もあり(結果的には現地はちょっと涼しいくらいで、気候的には穏やかだったけど)、現地でのスケジュールは確定してなかったので、実際我々に演奏の機会があるかどうかはわからないままの出発だった。正直自分個人としても、ぜひ現地で演奏したい!という気持ちはなかった。普段の生活でも、必ずしも音楽を必要とされないタイミングや空間というものはあるわけで、むしろ音楽あふれすぎなんじゃないだろうかと常々思っている上、ましてや今回の震災。静かな時間が必要な時もある。それを理解できない、音楽の力だけを過信するようなミュージシャンではいたくない。自分が超有名人であったり、誰でも知っているような名曲を持っている人間であれば、演奏することによって元気になる人がいたり、ひと時の安らぎになったりすることはあると思う。そういう力を持っている人の被災地での演奏や活動は否定しない。(当然のように、現地ではイベントによって賛否両論いろいろあって、それもまた真実。)しかし必要とされていない音楽は特にこういう場所では演奏されるべきでないし(地元の人たちが必要としているものは別)、それならいくつかの瓦礫撤去や必要とされるひとつの作業をやることの方がよほど有益。みんな現地でボランティア活動をするため、作業服や長靴やもしもの時の医療品や、その他にも各自考えられる限りの準備をしている中(当然自分たちもそれらの用意はしていったけど)、ギターを持っていくことは不自然に思えていた。実際には演奏する機会は二度あった。サマーキャンプは一学期終了を控えた夏休み前の最後のイベントで、荻浜小学校の全校生徒20人が集まった。といっても、震災の影響で7人の子どもたちはすでに転校していて、この子どもたちにとっては久しぶりの再会の場ともなっていた。さらに残りの13人からも、一学期終了と同時に3人の転校が決まっていて、みんなで集まる最後のイベントでもあった。そんな20人が、校内の敷地にテントを張って一泊二日のキャンプをやるわけだから、良い思い出にしてあげようとする先生方の気持ちはもうわたくしなどが語れるレベルのものではないでしょう。用意されたイベントは、定番の飯盒炊飯、学校脇すぐ近くを流れる沢の探検沢のぼり、これまた学校すぐ近くの浜辺でのカヌー体験、夜の校舎肝試し大会、流しそうめんなどなどなど。それらの準備をサポートするのが今回の我々のメイン業務。加えて、あいた時間を利用して川の瓦礫撤去掃除。小学校自体は高台にあるため、校舎は津波の被害からは逃れたものの(一時は避難所として機能していたとのこと)、校庭内や上記の沢には瓦礫が押し寄せたところもあったそうで、それらがすでに元の姿をほとんど取り戻していたのは、先生方や地元の方々、今まで訪れたボランティアの方々によるものだというのを、沢のぼりの道中に校長先生から聞いた。現地に着いたときは迂闊にも正直、「あ、この小学校はあまり被害を受けずに済んだんだな」と思ってしまっていたので、いかに目の前の情報だけで自分の判断が左右されているかを痛感した。ただ、被災地の現状に対して思ったよりショックを受けなかったという感覚は確かにあって、これは目の前の情報があまりに巨大すぎて、自分の頭が処理しきれていないということもあるのかもしれない。ニュースや報道写真などで切り取られた情報によって悲惨さばかりが頭の中にイメージされていたし(こればかりは単にメディアの伝え方が悪いなどという批判はできない。一部で質の低い報道があるのは事実だけど、懸命に使命感を持ってやっている人もいて、そういう人でもこれだけの状況を正確に発信するのは至難の業に思える)、それに対応するべく勝手に身構えていた自分に対して、信じられないような現実感のない景色からふと視点を移すと、これまた信じられないような美しい沢や海や自然があって、自分の感情をどの方向へ向けたらよいか混乱していた。そんな中で、美しい姿に戻りつつある沢を自慢げに語ってくれた校長先生のひとつひとつの言葉は、確かな真実だったし、自分にとっても貴重な情報として心に残った。さて一度目の演奏の機会の話。きっかけは、カヌー体験の時に先生役だった現地ボランティアのNPO法人 ひたかみ水の里 の代表である御年70歳の新井偉夫さん。この方がまぁスパルタで(笑)、一通りの説明のあと、カヌーに子ども二人乗せたかと思うとすぐ海へ舟を押しやって、これには子どもたちも「えぇえ!!?」「ギャー!!」「怖い!!」と絶叫してたし、我々も、「え、うそ大人と一緒に乗せるんじゃないの!?」と、度肝抜かれた。我々も一緒に体験することになってたんで、結構本気でびびってたけど、無情にも次々出航させられる子どもたちを見て、最初は嫌がっていた子どもたちも観念、我々も観念せざるを得ず。ところが実際漕いでみると、思ったより軽くスーッと進むし、それは子どもたちにとっても同じだったみたいで、海から戻ってくると「もう一回乗る!!」「楽しい!!」。発案者は校長先生で、新井さんをはじめ地元の大人たちや親御さんの理解もあって、当日までに浜をきれいに整備してくれたり、いろいろなハードルをクリアしてのカヌー体験。他の地域だったら実現できてないんじゃないかなんて話も聞いた。津波の被害によって傷ついてる子どもたちをこんな時期に海で遊ばせなくても…という意見もあるのは当然で、自分だって親だったら棄権させたいと思うかもしれない。ましてや小さい舟に子どもたちだけ(それも中学生や高校生でなく小学生)を乗せて海へ出すなんて。実際は、浜自体は遠浅で、舟を出した範囲は大人だったら足つくくらいなんだなんて話は後から聞いたけどそれにしてもね…。しかし結果は誰がどうみても成功だった。子どもたちが、めちゃ楽しんでいたというのが全て。子どもたちを眺めてる時、隣で校長先生が「こんなにたくさん舟が出て、海は静かで、子どもたちの笑顔…、最高だなぁ」ってつぶやいてた。「台風の情報みて、昨日までは7割方中止かななんて思ってたんだけど、やれてよかった」と。盛り上がっている子どもたちを眺めてる間、しのくにボーカルの志野は、カヌー体験の先生である新井さんとしばらく話をさせてもらっていて、どこから来たんだとか普段は何してるんだなんて話から自分たちの活動に興味を持っていただいたみたいで、ちょっと唄を聴かせてみろなんて話に。一応一日目の夕飯の時間の後に、子どもたちの前で童謡でも演奏しようかなんていう予定が立ち始めたところだったので、その時間に合わせて学校に来てもらえることになった。ところがその後の催しが押し気味になった関係で、新井さんたちが学校に来てくれた時にはまだ子どもたちのカレー作り中。せっかく来ていただいて、さんざん待たせておいてやっぱり時間なくなっちゃったから演奏はなしで、なんて可能性もなくはなかった。それならばということで、来ていただいたカヌー先生の新井さんはじめ3人の地元ボランティアの方に向け、我々のオリジナル曲を体育館脇で演奏することに。手が空いてる他のボランティアの人たちや調理班でなかった一部の先生方や子どもたちも見物に集まってくれて、ちょっとしたミニ野外コンサート。こういう時、特別な機材や環境や準備がいらないギターってほんと便利な楽器で、ギター持ってきてよかったとこの時にやっと思えた。演奏は、こちらが感動させられてしまうくらい、みんなすごく真剣に聴いてくれた。曲は、「今君に」をやったあと、ありがたくも、もっとやれ!とのお声をいただき、「日だまり」さらに続いて「ユートピア」を。あぁいいねぇと言ってもらえたこと、また来たらいいよと言ってもらえたことが、自分にとっての全て。言葉では伝えようのない、あるいは、言葉にするのがもったいない、そういう時間。名刺までいただいて、また必ず再会することを約束。そして二度目は、最終的には夕食タイムが終わり夜の校舎での肝試し大会が終わった後に、先生方が時間を確保してくれて、体育館内で子どもたちの前で演奏させてもらえることに。曲は、童謡「故郷」、替え歌版の「カントリーロード」と、もう一度「今君に」を。なんと先生の中には本格派ギタリストの方がいて、ゲスト参加してもらえるという我々にとってのサプライズもあったり。演奏直前のほんの少しの時間を利用して簡単なリハーサルをやっただけだったけど、ソロとっていただいたりして、ほんとに楽しかった。定番曲は、みんなで合唱できるのも大きな魅力。子どもたち一人一人に感想を聞くことはできなかったけど、やはり真剣に聴いてくれたし、先生方にとってもひと時の癒しになったかもしれないのは良かったと思う。一緒に演奏したO先生には後で曲を褒めてもらえたり、ちょっと音楽談義したりして、すごく嬉しかった。他にもギタリスト仲間の方がいるそうで、機会があれば一緒に演奏したら楽しいかもなんて言っていただき、これはぜひとも実現したいなぁ。そんなこんなで、いろいろなお手伝いや瓦礫撤去作業や演奏、イベント諸々は終了し、最後はサマーキャンプ終わりの会に続き一学期の終業式。子どもたちのお迎えに来ていた親御さんに混ざって我々も同席。ここで書いておきたいことはふたつ。ひとつは、校長先生のお話の時に、地震があった時のこと。体育館がけっこう大きめに揺れた。しかし、校長先生も、子どもたちも低学年から高学年の子たちまで、ほんとに落ち着いていた。校長先生は、壇上に立ったまま、静かに「ちょっとすればおさまると思いますので、落ち着いて待ちましょう」というようなことを言った。大人も子どもも、悲鳴をあげる人はひとりもいなかった。もうひとつは、二学期からは別の小学校へ通うことになる3人の子どもたちのお別れの挨拶。用意していた原稿用紙を読んで、みんな途中で泣いていた。声が詰まっても、みんな最後まで読んだ。O先生も、3人へ餞の言葉を言う時に、泣いて、しばらく何も言えないでいた。サマーキャンプ二日目の流しそうめんの時、久しぶりに会った子同士の会話が聞こえた。「新しい学校はどうですか!!」「楽しい」「楽しいのかよ!!」なんて言って笑ってた。でも、終業式の時だけは泣いてた。先生たちは、気張ってる感じなんてなくて、冷静で、優しい。一方で、児童が減り続けることによる学校の統合、廃校や、先生の異動の問題もある。ボランティアで外から手伝いに来てくれる人には感謝しているんだけど、ほんとは甘えるんじゃだめなんだ、地元の人間が立ち上がらないと、と本音を聞かせてくれた方もいた。自分には、この問題を解く力はない。答え自体がそもそもないかもしれない。しかし、もっと考えなくてはいけない。考えるために、もっと知らなければいけない。知るために、もっと聞かなければ、見なければ。自分の一時的な感情や思いつきを吐き出す前に、やらなければならないことはたくさんある。