石巻市立荻浜小学校へ

7/20の夜東京出発、明けて21日早朝石巻着、22日深夜帰京。
一泊三日の旅。
アートフロントギャラリースタッフやボランティアの方々と共に、石巻の荻浜小学校のサマーキャンプお手伝いに行ってきた。

我々しのくには一応現地で演奏もできるように準備を、とのお話をいただいていたのでギター持参。
ただ近づいていた台風の影響もあり(結果的には現地はちょっと涼しいくらいで、気候的には穏やかだったけど)、現地でのスケジュールは確定してなかったので、実際我々に演奏の機会があるかどうかはわからないままの出発だった。

正直自分個人としても、ぜひ現地で演奏したい!という気持ちはなかった。
普段の生活でも、必ずしも音楽を必要とされないタイミングや空間というものはあるわけで、むしろ音楽あふれすぎなんじゃないだろうかと常々思っている上、ましてや今回の震災。
静かな時間が必要な時もある。
それを理解できない、音楽の力だけを過信するようなミュージシャンではいたくない。

自分が超有名人であったり、誰でも知っているような名曲を持っている人間であれば、演奏することによって元気になる人がいたり、ひと時の安らぎになったりすることはあると思う。
そういう力を持っている人の被災地での演奏や活動は否定しない。
(当然のように、現地ではイベントによって賛否両論いろいろあって、それもまた真実。)
しかし必要とされていない音楽は特にこういう場所では演奏されるべきでないし(地元の人たちが必要としているものは別)、それならいくつかの瓦礫撤去や必要とされるひとつの作業をやることの方がよほど有益。

みんな現地でボランティア活動をするため、作業服や長靴やもしもの時の医療品や、その他にも各自考えられる限りの準備をしている中(当然自分たちもそれらの用意はしていったけど)、ギターを持っていくことは不自然に思えていた。

実際には演奏する機会は二度あった。


サマーキャンプは一学期終了を控えた夏休み前の最後のイベントで、荻浜小学校の全校生徒20人が集まった。といっても、震災の影響で7人の子どもたちはすでに転校していて、この子どもたちにとっては久しぶりの再会の場ともなっていた。さらに残りの13人からも、一学期終了と同時に3人の転校が決まっていて、みんなで集まる最後のイベントでもあった。
そんな20人が、校内の敷地にテントを張って一泊二日のキャンプをやるわけだから、良い思い出にしてあげようとする先生方の気持ちはもうわたくしなどが語れるレベルのものではないでしょう。
用意されたイベントは、定番の飯盒炊飯、学校脇すぐ近くを流れる沢の探検沢のぼり、これまた学校すぐ近くの浜辺でのカヌー体験、夜の校舎肝試し大会、流しそうめんなどなどなど。
それらの準備をサポートするのが今回の我々のメイン業務。加えて、あいた時間を利用して川の瓦礫撤去掃除。

小学校自体は高台にあるため、校舎は津波の被害からは逃れたものの(一時は避難所として機能していたとのこと)、校庭内や上記の沢には瓦礫が押し寄せたところもあったそうで、それらがすでに元の姿をほとんど取り戻していたのは、先生方や地元の方々、今まで訪れたボランティアの方々によるものだというのを、沢のぼりの道中に校長先生から聞いた。

現地に着いたときは迂闊にも正直、「あ、この小学校はあまり被害を受けずに済んだんだな」と思ってしまっていたので、いかに目の前の情報だけで自分の判断が左右されているかを痛感した。
ただ、被災地の現状に対して思ったよりショックを受けなかったという感覚は確かにあって、これは目の前の情報があまりに巨大すぎて、自分の頭が処理しきれていないということもあるのかもしれない。
ニュースや報道写真などで切り取られた情報によって悲惨さばかりが頭の中にイメージされていたし(こればかりは単にメディアの伝え方が悪いなどという批判はできない。一部で質の低い報道があるのは事実だけど、懸命に使命感を持ってやっている人もいて、そういう人でもこれだけの状況を正確に発信するのは至難の業に思える)、それに対応するべく勝手に身構えていた自分に対して、信じられないような現実感のない景色からふと視点を移すと、これまた信じられないような美しい沢や海や自然があって、自分の感情をどの方向へ向けたらよいか混乱していた。

そんな中で、美しい姿に戻りつつある沢を自慢げに語ってくれた校長先生のひとつひとつの言葉は、確かな真実だったし、自分にとっても貴重な情報として心に残った。

さて一度目の演奏の機会の話。

きっかけは、カヌー体験の時に先生役だった現地ボランティアのNPO法人 ひたかみ水の里 の代表である御年70歳の新井偉夫さん。

この方がまぁスパルタで(笑)、一通りの説明のあと、カヌーに子ども二人乗せたかと思うとすぐ海へ舟を押しやって、これには子どもたちも「えぇえ!!?」「ギャー!!」「怖い!!」と絶叫してたし、我々も、「え、うそ大人と一緒に乗せるんじゃないの!?」と、度肝抜かれた。我々も一緒に体験することになってたんで、結構本気でびびってたけど、無情にも次々出航させられる子どもたちを見て、最初は嫌がっていた子どもたちも観念、我々も観念せざるを得ず。
ところが実際漕いでみると、思ったより軽くスーッと進むし、それは子どもたちにとっても同じだったみたいで、海から戻ってくると「もう一回乗る!!」「楽しい!!」。
発案者は校長先生で、新井さんをはじめ地元の大人たちや親御さんの理解もあって、当日までに浜をきれいに整備してくれたり、いろいろなハードルをクリアしてのカヌー体験。

他の地域だったら実現できてないんじゃないかなんて話も聞いた。
津波の被害によって傷ついてる子どもたちをこんな時期に海で遊ばせなくても…という意見もあるのは当然で、自分だって親だったら棄権させたいと思うかもしれない。
ましてや小さい舟に子どもたちだけ(それも中学生や高校生でなく小学生)を乗せて海へ出すなんて。
実際は、浜自体は遠浅で、舟を出した範囲は大人だったら足つくくらいなんだなんて話は後から聞いたけどそれにしてもね…。

しかし結果は誰がどうみても成功だった。子どもたちが、めちゃ楽しんでいたというのが全て。
子どもたちを眺めてる時、隣で校長先生が「こんなにたくさん舟が出て、海は静かで、子どもたちの笑顔…、最高だなぁ」ってつぶやいてた。「台風の情報みて、昨日までは7割方中止かななんて思ってたんだけど、やれてよかった」と。

盛り上がっている子どもたちを眺めてる間、しのくにボーカルの志野は、カヌー体験の先生である新井さんとしばらく話をさせてもらっていて、どこから来たんだとか普段は何してるんだなんて話から自分たちの活動に興味を持っていただいたみたいで、ちょっと唄を聴かせてみろなんて話に。
一応一日目の夕飯の時間の後に、子どもたちの前で童謡でも演奏しようかなんていう予定が立ち始めたところだったので、その時間に合わせて学校に来てもらえることになった。

ところがその後の催しが押し気味になった関係で、新井さんたちが学校に来てくれた時にはまだ子どもたちのカレー作り中。せっかく来ていただいて、さんざん待たせておいてやっぱり時間なくなっちゃったから演奏はなしで、なんて可能性もなくはなかった。それならばということで、来ていただいたカヌー先生の新井さんはじめ3人の地元ボランティアの方に向け、我々のオリジナル曲を体育館脇で演奏することに。
手が空いてる他のボランティアの人たちや調理班でなかった一部の先生方や子どもたちも見物に集まってくれて、ちょっとしたミニ野外コンサート。
こういう時、特別な機材や環境や準備がいらないギターってほんと便利な楽器で、ギター持ってきてよかったとこの時にやっと思えた。

演奏は、こちらが感動させられてしまうくらい、みんなすごく真剣に聴いてくれた。

曲は、「今君に」をやったあと、ありがたくも、もっとやれ!とのお声をいただき、「日だまり」さらに続いて「ユートピア」を。

あぁいいねぇと言ってもらえたこと、また来たらいいよと言ってもらえたことが、自分にとっての全て。
言葉では伝えようのない、あるいは、言葉にするのがもったいない、そういう時間。

名刺までいただいて、また必ず再会することを約束。


そして二度目は、最終的には夕食タイムが終わり夜の校舎での肝試し大会が終わった後に、先生方が時間を確保してくれて、体育館内で子どもたちの前で演奏させてもらえることに。
曲は、童謡「故郷」、替え歌版の「カントリーロード」と、もう一度「今君に」を。
なんと先生の中には本格派ギタリストの方がいて、ゲスト参加してもらえるという我々にとってのサプライズもあったり。演奏直前のほんの少しの時間を利用して簡単なリハーサルをやっただけだったけど、ソロとっていただいたりして、ほんとに楽しかった。定番曲は、みんなで合唱できるのも大きな魅力。
子どもたち一人一人に感想を聞くことはできなかったけど、やはり真剣に聴いてくれたし、先生方にとってもひと時の癒しになったかもしれないのは良かったと思う。
一緒に演奏したO先生には後で曲を褒めてもらえたり、ちょっと音楽談義したりして、すごく嬉しかった。他にもギタリスト仲間の方がいるそうで、機会があれば一緒に演奏したら楽しいかもなんて言っていただき、これはぜひとも実現したいなぁ。


そんなこんなで、いろいろなお手伝いや瓦礫撤去作業や演奏、イベント諸々は終了し、最後はサマーキャンプ終わりの会に続き一学期の終業式。子どもたちのお迎えに来ていた親御さんに混ざって我々も同席。

ここで書いておきたいことはふたつ。

ひとつは、校長先生のお話の時に、地震があった時のこと。
体育館がけっこう大きめに揺れた。
しかし、校長先生も、子どもたちも低学年から高学年の子たちまで、ほんとに落ち着いていた。
校長先生は、壇上に立ったまま、静かに「ちょっとすればおさまると思いますので、落ち着いて待ちましょう」というようなことを言った。
大人も子どもも、悲鳴をあげる人はひとりもいなかった。

もうひとつは、二学期からは別の小学校へ通うことになる3人の子どもたちのお別れの挨拶。
用意していた原稿用紙を読んで、みんな途中で泣いていた。
声が詰まっても、みんな最後まで読んだ。
O先生も、3人へ餞の言葉を言う時に、泣いて、しばらく何も言えないでいた。


サマーキャンプ二日目の流しそうめんの時、久しぶりに会った子同士の会話が聞こえた。
「新しい学校はどうですか!!」
「楽しい」
「楽しいのかよ!!」
なんて言って笑ってた。
でも、終業式の時だけは泣いてた。


先生たちは、気張ってる感じなんてなくて、冷静で、優しい。

一方で、児童が減り続けることによる学校の統合、廃校や、先生の異動の問題もある。

ボランティアで外から手伝いに来てくれる人には感謝しているんだけど、ほんとは甘えるんじゃだめなんだ、地元の人間が立ち上がらないと、と本音を聞かせてくれた方もいた。


自分には、この問題を解く力はない。
答え自体がそもそもないかもしれない。
しかし、もっと考えなくてはいけない。
考えるために、もっと知らなければいけない。
知るために、もっと聞かなければ、見なければ。

自分の一時的な感情や思いつきを吐き出す前に、やらなければならないことはたくさんある。

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